事業部制組織とは、企業全体を「製品ごと」や「地域ごと」「顧客のタイプごと」などで分け、それぞれを一つの「事業部」として半分独立したように運営していく組織の形のことを指します。
たとえば、家電を作る会社であれば「テレビ事業部」「冷蔵庫事業部」「洗濯機事業部」といった形で分けるイメージです。各事業部は、自分たちの担当分野に関する売上や利益の責任を持ち、自分たちで戦略や計画を考えて動いていきます。
事業部制組織とは何かを理解するための基本構造
ここでよく出てくる言葉が「分権化(ぶんけんか)」です。分権化とは、会社のトップがすべてを決めるのではなく、権限を現場に近い組織や人に渡していく考え方のことです。事業部制組織では、この分権化が強く意識されており、事業部ごとにかなり大きな決定権が渡されることが多いです。
また、事業部制組織では「プロフィットセンター」という考え方もよく使われます。プロフィットセンターとは、「利益(プロフィット)をどれだけ出せたか」で評価される単位のことで、事業部そのものが一つのプロフィットセンターとして扱われます。つまり、事業部ごとに「小さな会社」があるようなイメージです。社長に相当する「事業部長」がいて、開発・営業・マーケティング・管理など、事業に必要な機能が一通りその事業部の中にそろいます。
このように、事業部制組織の基本構造を理解するうえでは、「会社の中に複数の小さな会社が並んでいる」「それぞれが自分で考え、自分で責任を持つ」というイメージを持つことが大切です。
機能別組織との違いから見る基本構造
事業部制組織を理解するには、よく対比される「機能別組織」という形と比較して考えると分かりやすくなります。
機能別組織とは、「営業部」「開発部」「総務部」「人事部」といったように、仕事の種類(機能)ごとに組織を分ける形です。この場合、営業は全製品分をまとめて担当し、開発も全製品分をまとめて担当します。組織の軸が「仕事の種類」になっているイメージです。
一方、事業部制組織では、「テレビ事業部」の中に開発も営業もマーケティングも含まれるように、事業単位で必要な機能をセットにして持ちます。組織の軸が「どの事業を担当するか」になっているところが大きな違いです。
この構造の違いにより、意思決定の流れも変わります。機能別組織では、会社全体をどうするかをトップが決め、その方針に従って各部門が動きます。それに対して事業部制組織では、会社全体の大きな方向性はトップが決めつつも、事業ごとの細かい戦略や施策は事業部の中で考えやすくなります。これが、事業部制組織が「自律分散的(じりつぶんさんてき)」な構造と言われる理由です。「自律」とは自分で考えて動くこと、「分散」とは一か所にまとまらず、複数の場所に分かれて存在することを指します。
つまり、事業部制組織は「事業を単位として、その中に必要な機能をひとまとめにする構造」であり、この考え方をおさえると、他の組織形態との違いも理解しやすくなります。
事業部内に含まれる主な機能と役割
事業部制組織の事業部の中には、通常、事業運営に必要なさまざまな機能が含まれます。代表的なものとして、以下のようなものがあります。
- 開発・企画:新しい商品やサービスのアイデアを考え、形にしていく役割
- 営業:顧客に商品やサービスを提案し、売上を作る役割
- マーケティング:市場調査や広告、販売戦略の立案などを行う役割
- 生産・運用:モノづくりやサービス提供の現場を動かす役割
- 管理・経理:事業部の費用や売上を把握し、数字面を管理する役割
これらの機能が一つの事業部の中にまとめられることで、その事業に関する意思決定をスピーディーに行いやすくなります。たとえば、新しい機能を持った商品を出すかどうかを決める際、開発担当者と営業担当者、マーケティング担当者が同じ事業部の中にいれば、社内の調整がしやすくなります。
また、事業部ごとに損益(売上から費用を引いた利益のこと)を管理するため、「この事業がどれだけ稼いでいるか」「どれだけコストがかかっているか」を比較的明確に把握しやすくなります。ここで使われる「損益計算」という言葉も、難しく聞こえますが、本質的には「その事業がどれだけ儲かっているかを数字で確認すること」です。
事業部制組織では、このように事業部内に多様な機能が含まれ、それぞれが連携しながら一つの事業の成果に向かって動きます。組織の構造としては、上位に全社を統括する経営層があり、その下に複数の事業部が横並びで存在し、さらにその下に事業部内の各部門(開発、営業など)が配置される形が一般的です。企業によって細かい構造は異なりますが、「事業部の中に事業運営に必要な機能がひととおりそろっている」という点が、事業部制組織の基本構造として共通しています。
事業部制組織が採用される主な理由
事業部制組織が採用される背景には、企業が置かれている環境や、扱う商品・サービスの多様化があります。企業が成長して事業が増えてくると、全体を一括で管理することが難しくなり、「事業ごとに責任と権限を持たせたほうが動きやすい」という状況が生まれます。そこで登場するのが事業部制組織です。企業は、事業部ごとに意思決定を分けることで、市場の変化に素早く対応しやすくなり、それぞれの事業に適した戦略を取りやすくなります。
また、事業部制組織では、事業ごとの採算管理がしやすくなります。「採算管理」とは、売上や費用、利益を事業ごとに分けて把握し、その成績を評価することです。全社の数字だけを見るのではなく、「A事業は利益が出ているが、B事業は赤字になっている」といったことが分かりやすくなり、経営判断に役立ちます。このような特徴が、事業部制組織が採用される大きな理由の一つになっています。
企業がグローバル展開や新規事業の立ち上げを進める中で、事業ごとに異なる戦略やスピード感が求められます。たとえば、国内市場向けと海外市場向けでは、顧客のニーズも競合も異なります。そのため、すべてを同じルールで管理するより、事業ごとに裁量を持たせたほうが、現場の判断で動きやすくなります。こうした環境変化への対応力の向上も、事業部制が選ばれる理由として重要なポイントです。
理由1:意思決定のスピードを上げるため
事業部制組織が採用される理由として、まず挙げられるのが「意思決定のスピードアップ」です。意思決定とは、会社として「何をするか」「どのやり方を選ぶか」を決めることです。組織全体をトップが一元的に管理する形では、現場で何かを変えたい場合でも、上層部まで承認を取りに行く必要があり、時間がかかりやすくなります。
事業部制組織では、事業部ごとにかなりの権限が委ねられます。たとえば、値引きの判断、新しいキャンペーンの開始、小規模な投資などを、事業部長レベルで決められるようにすることが多いです。これにより、「現場で見えている課題やチャンス」をもとに、すばやく行動に移すことができます。
特に、競争の激しい市場では、顧客のニーズの変化や競合他社の動きに合わせて、素早い意思決定が求められます。全社で一律の承認フローを通すのではなく、事業部内で完結できる範囲を広げることで、スピード感のある対応が可能になります。情報技術の進化や市場の変化が速い分野では、こうしたスピードの差がそのまま競争力の差につながるため、事業部制の採用が有力な選択肢になります。
理由2:事業ごとの採算と責任を明確にするため
次に重要なのが、「事業ごとの採算と責任を明確にする」という理由です。企業が複数の事業を持つようになると、「どの事業がどれだけ儲かっているのか」「どの事業が足を引っ張っているのか」を見える化する必要が出てきます。事業部制組織では、事業部ごとに売上や費用を集計し、利益を計算します。これにより、事業ごとの成績がはっきりと分かるようになります。
このとき、事業部は「プロフィットセンター」として扱われることが多いです。プロフィットセンターとは、その単位がどれだけ利益を生み出したかで評価される組織単位のことです。事業部長は、自分の事業部の利益目標の達成に責任を持ちます。これにより、「自分たちの事業をどう改善すれば利益が増えるか」を主体的に考えるようになり、経営感覚を持った運営が促されます。
また、企業全体の戦略を考える経営層にとっても、事業ごとの採算が明確なことは大きなメリットです。たとえば、「成長性は低いが利益が安定している事業」と「現時点では赤字だが将来の成長が期待される事業」があるとします。このとき、それぞれにどれだけ投資するか、どの事業を強化し、どの事業を縮小・撤退するかといった判断を行うためには、事業ごとの数字が必要になります。事業部制組織は、この判断材料を提供しやすい仕組みであると言えます。
事業部制組織のメリットを詳しく解説
事業部制組織には、企業が成長段階で直面しやすい課題を解決しやすくする多くのメリットがあります。特に、「スピード」「責任の明確化」「人材育成」「市場への適応」といった観点で効果を発揮しやすい組織形態です。企業規模が大きくなり、扱う製品やサービスが増えるほど、全社一体での管理だけでは限界が見えやすくなりますが、事業部ごとに権限と役割を分けることで、現場に近いレベルで柔軟な対応ができるようになります。
ここでは、事業部制組織のメリットをいくつかの観点に分けて整理しながら解説します。難しい言葉が出てきた場合は、できるだけ簡単な意味を添えながら説明しますので、組織論にあまり慣れていない方でもイメージしやすくなるよう意識しています。
メリット1:市場変化への素早い対応がしやすい
事業部制組織の代表的なメリットは、「市場の変化に素早く対応しやすい」という点です。市場とは、商品やサービスを売り買いする場全体のことで、そこでは顧客の好みや競合他社の動きが常に変化しています。特に、IT分野や家電、ファッションなど、トレンドの移り変わりが激しい業界では、スピード感のある対応が求められます。
事業部制組織では、事業部ごとに大きな権限が与えられているため、次のような動きが取りやすくなります。
- 顧客の声をもとにした商品の改良やバージョン変更
- 競合他社の新製品に対抗するキャンペーンの実施
- 特定の地域や顧客層に合わせた価格設定や販売方法の変更
これらをすべて本社のトップで判断しようとすると、情報が集まるまでに時間がかかり、承認のステップも増えてしまいます。事業部制組織では、事業部長やそのチームの判断で動ける範囲が広いため、現場の情報をそのまま意思決定に反映させやすくなります。
このように、「現場に近いところで判断できる」「事業ごとに意思決定のラインがある」という構造が、市場変化への素早い対応を可能にしている点が、事業部制組織の大きな利点です。
メリット2:事業ごとの責任と成果が明確になる
事業部制組織では、事業部ごとに売上や費用、利益を管理するため、「どの事業がどれだけ成果を出しているか」が数字で把握しやすくなります。これを「事業ごとの損益管理(そんえきかんり)」と呼びます。損益管理とは、売上から費用を差し引き、その事業がどれくらい儲かっているかを確認する仕組みのことです。
責任と成果が明確になることで、次のようなメリットが生まれます。
- 経営側が、どの事業に投資すべきか判断しやすくなる
- 事業部長が、自分の事業部の数字に対して強い責任感を持ちやすくなる
- 社内で、事業同士を比較しながら改善策を検討しやすくなる
さらに、「責任の所在がはっきりする」という点も重要です。組織が複雑になると、うまくいかなかったときに「どこに原因があるのか」「誰が改善の責任を持つのか」があいまいになりがちです。事業部制組織では、事業単位ごとに責任を持つ人が明確なため、問題が起きたときも、どのレベルで対策を検討すべきかを整理しやすくなります。
このように、事業ごとに成果と責任を見える化することは、企業全体のパフォーマンス管理や戦略の見直しに直結するメリットとなります。
メリット3:経営人材の育成につながりやすい
事業部制組織は、「将来の経営者候補を育てやすい」という観点でも大きなメリットがあります。事業部長は、一つの事業部の「ミニ社長」のような立場であり、売上・利益の管理、人材の配置、戦略の立案など、経営に必要な要素を幅広く経験します。
通常、機能別組織では、営業なら営業だけ、開発なら開発だけといった形で、自分の専門分野に深く関わることが多くなります。これは専門性を高めるうえでは長所ですが、「会社全体をどう動かすか」という視点を身につける機会は限定されがちです。
一方、事業部制組織では、事業部長やその候補者となるマネージャーが、以下のような経験を積みやすくなります。
- 事業戦略の立案:どの市場を狙い、どのような商品で勝負するかを考える
- 予算管理:限られた資源(お金や人)を、どこにどれだけ配分するかを決める
- 組織運営:メンバーの採用・育成・評価を行い、チームをまとめる
これらは、将来的に企業全体を任される経営者にとって必須のスキルです。そのため、事業部制組織は「経営のトレーニングの場」として機能しやすく、結果として企業の経営層の層を厚くする効果が期待できます。
また、若手のうちから事業部内で小さなプロジェクトを任せることで、「自分の判断で物事を進める経験」を積ませやすくなります。このような経験は、単に指示されたことをこなすだけでは身につけにくいものであり、自律的に動ける人材を増やすことにもつながります。
事業部制組織のデメリットと発生しやすい課題
事業部制組織には多くのメリットがある一方で、注意しておかなければならないデメリットや、運用の仕方によって発生しやすい課題も存在します。組織のかたちには必ず「トレードオフ」があり、何かを強化すると別の部分に負荷がかかることがあります。事業部制組織の場合は、「事業ごとの自律性を高める」代わりに、「全社としての一体感や効率」が損なわれるおそれがある点が特徴的です。
また、事業部間でのコミュニケーションや情報共有が不十分な場合、同じ会社の中で似たような仕事をそれぞれが別々に実施してしまうことがあります。その結果、コストや時間が余計にかかったり、会社としての方向性がばらばらに見えてしまったりすることがあります。ここでは、事業部制組織で起こりやすい代表的なデメリットや課題を、いくつかの観点から整理していきます。
デメリット1:事業部間の連携不足と「サイロ化」
事業部制組織でまず問題になりやすいのが、「事業部同士の連携不足」です。事業部ごとに目標や評価指標が設定され、採算も事業単位で管理されるため、どうしても自分たちの事業部の成果を優先しがちになります。この状態が進むと、「サイロ化(さいろか)」という現象が起こりやすくなります。
サイロ化とは、本来はつながっているはずの組織同士が、情報や目的を共有せず、まるで別会社のようにバラバラに動いてしまう状態を指します。サイロとは穀物などを貯蔵するタンクのことで、縦に細長く区切られたイメージから、「縦割りで閉じてしまった組織」を例える言葉として使われています。
事業部制組織でサイロ化が進むと、次のような問題が起こりやすくなります。
- 他の事業部が持っているノウハウや成功事例が共有されない
- 同じ顧客に別の事業部からバラバラにアプローチしてしまう
- 会社全体で行うべき大きなプロジェクトに協力しづらくなる
これにより、会社としてのシナジー(相乗効果)が得られにくくなります。シナジーとは、「1+1が2ではなく3や4になるような、組み合わせによる効果」のことです。本来は、複数の事業があることでノウハウや顧客基盤を共有し、全社としての競争力を高めることが期待されますが、サイロ化が進むと逆に「事業ごとに分断された組織」になってしまう可能性があります。
この課題は、事業部制組織の構造そのものというより、「全社目線での情報共有や評価制度の設計」が不足しているときに特に表面化しやすい点が特徴です。
デメリット2:コストの重複と非効率の発生
事業部制組織では、事業部ごとに必要な機能をそろえるため、「同じような機能が複数の事業部に重複して存在する」という状態になりやすくなります。たとえば、各事業部にそれぞれ人事担当者や経理担当者、システム管理担当者を置くといったケースです。
このような重複は、「柔軟に動くためには必要な投資」である面もありますが、行き過ぎると全社的に見たときのコスト増大につながります。具体的には、次のような課題が発生しやすくなります。
- 同じような業務が事業部ごとに別々に行われ、業務プロセスの標準化が進まない
- 全社でまとめて購入すれば安くなるシステムやツールを、事業部ごとに個別契約してしまう
- 人材や設備が事業部ごとに細かく分かれ、余剰や不足が偏ってしまう
このような状態は、一見すると事業部ごとに自由度が高く、動きやすいようにも見えますが、長期的には企業全体の効率を下げる原因となります。企業が大きくなるほど、「どこまでを事業部に任せ、どこからを全社共通にするのか」という線引きが難しくなり、このバランスを誤るとコスト面でのデメリットが目立ちやすくなります。
さらに、同じような機能が複数の事業部に分散することで、「専門性の蓄積」が分かれてしまう問題もあります。本来、一か所に集約してノウハウを深めたほうがよい業務が、事業部単位でバラバラに実施されると、全社としてのレベルアップに時間がかかることがあります。
デメリット3:全社戦略とのズレと部分最適化
事業部制組織では、事業部ごとに目標や戦略を持つため、「部分最適化」が起こりやすいという課題もあります。部分最適化とは、「全体として最も良い状態」を目指すのではなく、「自分の担当部分だけ良くする」ことに偏ってしまう状態を指します。
たとえば、ある事業部が短期的な利益を最大化しようとして、コスト削減を徹底したとします。その結果として、顧客対応の質が落ちたり、自社ブランドのイメージが損なわれたりすると、他の事業部や会社全体に悪影響が及ぶ可能性があります。このような場合、事業部単体の数字だけを見ると成功しているように見えても、全社の観点からは望ましくない結果になっていることがあります。
また、事業部ごとに異なる目標が設定されていると、次のようなズレが生じることがあります。
- 全社として新しい技術や基盤システムに投資したいのに、一部の事業部は短期利益を優先して消極的になる
- 会社全体のブランド戦略を進めたいのに、事業部ごとに異なるメッセージを発信してしまう
- 将来の成長分野にリソースを移したいが、既存事業部が自部門の縮小に抵抗する
このような状況は、「事業部制の自由度」と「全社戦略の一貫性」とのバランスが崩れたときに表面化しやすくなります。事業部制組織を採用する企業にとっては、「事業部に権限を与えつつ、全社としての方向性をどう共有するか」という点が大きなテーマになります。
事業部制組織が向いている企業とその特徴
事業部制組織は、すべての企業に適しているわけではなく、特定の条件や成長段階にある企業に特に適した組織形態です。企業がどの段階にあるか、どのような製品や市場を扱っているか、どれほどの規模で展開しているかによって、事業部制組織が効果を発揮しやすいかどうかが変わってきます。ここでは、事業部制組織が向いている企業の特徴を理解しやすいように整理して説明します。
まずポイントとなるのは、「事業の種類が複数存在しているかどうか」という点です。事業部制組織は、企業が複数の市場や製品を扱い、それぞれが異なる性質や顧客層を持っている場合に効果を発揮しやすい構造です。たとえば、ある企業が「家電」「医療機器」「産業用ロボット」など複数の分野を扱っている場合、それぞれの事業が必要とする技術や販売方法が大きく異なることがあります。このようなケースでは、事業をひとまとめにしたまま運営するより、事業ごとに独立した意思決定や戦略を持たせた方が、現場に合った判断がしやすくなります。
もう一つの重要な特徴は、「意思決定のスピードが競争力に直結するビジネスを行っているかどうか」です。変化の早い業界では、競合他社の動きや顧客のニーズに対して迅速に対応できることが非常に重要です。事業部制組織では、事業部長や現場チームの裁量が大きいため、トップに承認を仰がずとも、事業部内で判断して動くことができます。たとえば、特定の地域で販売戦略を変える、顧客からのフィードバックを元に商品の仕様を調整するなど、細かい改善を素早く行えるため、競争力の向上につながります。
さらに、「事業ごとの採算を明確にしたい企業」も事業部制組織に向いています。採算とは、「その事業がどれだけ利益を出しているか」という指標であり、事業部制ではこれがはっきりと数値化されます。複数事業を持つ企業では、どの事業に注力し、どの事業を縮小するべきかを判断しなければなりません。その際に、事業ごとの数字が明確であることは経営上の大きな助けになります。この仕組みは、「プロフィットセンター」という考え方に基づいており、事業部単位で利益責任を持たせることで、現場の経営意識を高める効果があります。
規模という観点から見ると、「中規模〜大規模の企業」が事業部制と相性のよい傾向があります。小規模の企業では、そもそも扱う事業が少なく、部門を細かく分けるほどの業務量がないことが多いため、事業部制のメリットを十分に活かすのは難しい場合があります。しかし、企業が成長し、新規事業が増え、組織内の人数が多くなってくると、全社をひとつの構造で管理する方法に限界が見えてきます。この段階で、事業部制組織に移行する企業が多い傾向にあります。
また、「地域ごとに大きく異なる市場を相手にする企業」も事業部制が向いています。たとえば、国内と海外で顧客層や文化がまったく異なる場合、似たような商品を扱っていても販売方法や広告戦略が大きく変わることがあります。事業部制では、地域別事業部を設けることで、現地の状況に合わせた柔軟な運用が可能になります。
最後に、「将来の経営者候補を育成したい企業」も事業部制を採用するケースが多いです。事業部長は、売上・利益の責任を負い、人事・戦略・運営など多岐にわたる意思決定を行うため、経営スキルを広く磨けるポジションです。このような経験を積ませることで、企業全体の次世代リーダーを育成する土壌をつくりやすくなります。
このように、事業部制組織が向いている企業には、「複数事業」「市場多様性」「スピード重視」「採算重視」「人材育成」といった特徴があります。企業が成長していく過程で、これらの条件がそろうと、事業部制組織が効果的に機能しやすくなります。
他組織形態との比較から見る事業部制組織の位置づけ
事業部制組織をより深く理解するためには、他の代表的な組織形態と比較しながら、「企業にとってどのような位置づけの組織形態なのか」を考えることが役立ちます。組織形態にはいくつかの種類があり、それぞれに特徴があるため、事業部制組織がどのような場面で有利になるのかを整理することで、その本質的な役割が見えてきます。ここでは、特に比較されやすい「機能別組織」「マトリックス組織」との違いに焦点を当てて説明します。
機能別組織との比較
まず、事業部制組織と最も対比されることが多いのが「機能別組織」です。機能別組織とは、「営業」「開発」「マーケティング」「人事」「経理」といったように、業務内容の種類(機能)ごとに組織を分ける構造です。企業の初期段階や比較的単一事業を扱う企業では、この機能別組織が採用されることが多く、専門性を高めやすいという利点があります。
しかし、事業が増え、扱う市場や製品の種類が多くなると、機能別組織では意思決定のスピードが遅くなる傾向があります。たとえば、営業部は全製品の販売方針を担当し、開発部は全製品の設計を担当するため、一つの商品や事業のために意思決定を進めたい場合でも、複数の部門を横断して調整する必要が生じます。
一方、事業部制組織では、特定の事業に必要な機能を事業部内に集約しているため、調整にかかる時間が大きく短縮されます。機能別組織が「全社でまとまって専門性を深める構造」であるのに対し、事業部制組織は「事業単位で独立し、自律的に判断できる構造」である点が大きな違いです。
この比較から分かるように、事業部制組織は、複数の事業を抱える企業が、各事業に最適化された動きを取るための仕組みと位置づけられます。
マトリックス組織との比較
次に比較されるのが「マトリックス組織」です。マトリックス組織とは、2つの異なる軸で組織を構成する方法で、「製品軸 × 機能軸」や「地域軸 × 製品軸」のように複数の指揮命令系統が存在する構造です。マトリックスとは「格子」という意味で、複数の軸が交差するイメージからこの名称がついています。
マトリックス組織は、複合的な視点が必要な大企業で採用されることがあり、事業ごとに動くだけでなく、全社としての機能の専門性も維持できます。しかし、指揮命令のラインが複数あるため、「どちらの命令を優先するべきか」があいまいになることがあり、調整コストが高くなりがちです。
比較すると、事業部制組織はよりシンプルで分かりやすい構造を持っています。
- 指揮命令系統が明確
- 事業部ごとに権限が集約される
- 役割や責任範囲が見えやすい
そのため、マトリックス組織のように複数の軸を持つ必要がない場合、事業部制組織の方が扱いやすくなるケースが多いです。
全社戦略との関係性で見る事業部制の位置づけ
組織形態を選ぶ際には、企業がどのような戦略を持っているかも重要です。事業部制組織は、「事業ごとの市場特性や成長スピードが大きく異なる企業」にとって最適化された組織形態です。その理由は、事業ごとに異なる判断基準を採用できる点にあります。
たとえば、
- 成熟市場にある事業:利益を安定的に確保する戦略
- 成長市場にある事業:投資を優先してシェア拡大を狙う戦略
といったように、事業ごとに異なる方針を取りやすいのが事業部制組織です。
機能別組織では、全社的に統一した戦略を採用しやすく、マトリックス組織では複合的な戦略を細かく調整できます。その中で事業部制組織は「中規模〜大規模で、多角化していく企業にとってバランスの良い選択肢」と位置づけられます。
事業部制組織は「中間型の最適解」
これらの比較から見えてくるのは、事業部制組織が「複数事業を持つ企業にとって、機能別組織とマトリックス組織の中間に位置する最適解」であるということです。
- 機能別組織ほど縦割りで動きが遅くなることはなく
- マトリックス組織ほど複雑で運用負荷が高くならない
というバランスの良さが特徴です。
事業部制組織は、企業が成長し、事業の幅が広がるにつれて自然と検討される組織形態であり、「事業ごとに高い自律性を持たせながら、全社の方向性も維持したい」というニーズに応える構造だといえます。
事業部制組織を円滑に運用するためのポイント
事業部制組織をうまく機能させるためには、単に組織図を事業部ごとに分けるだけでは不十分です。事業ごとに権限や責任を与える構造をつくったうえで、それを支えるルールやコミュニケーションの仕組み、人事・評価の考え方などを整えることが重要になります。事業部制は、自律性が高い一方で、放置すると事業部同士がばらばらに動いてしまう危険性もあるため、「自由度」と「統一感」のバランスを意識した運用が求められます。
ここでは、事業部制組織を円滑に運用するための代表的なポイントとして、全社方針の共有、事業部間連携の仕組みづくり、評価制度・指標の設計、人材育成と配置の考え方の4つの観点から整理して説明します。
全社ビジョンと方針を明確にし共有する
事業部制組織では、事業部ごとの自律性が高くなるため、まず大前提として「会社全体としてどこを目指しているのか」を明確にしておくことが重要です。この大きな方向性を示すものが「ビジョン」や「ミッション」「全社戦略」です。ビジョンとは、会社として将来どのような姿を目指すのかを表したもの、ミッションとは、社会や顧客に対してどのような価値を提供するのかを示したものです。
事業部制を円滑に運用するうえでは、次のような点がポイントになります。
- 全社のビジョン・ミッションを、事業部長だけでなく現場レベルまで分かる言葉で伝える
- 全社戦略を前提に、事業部ごとの戦略や計画を位置づける
- 事業部の目標設定が、全社の方向性と矛盾しないかを定期的に確認する
これにより、各事業部がそれぞれの市場や顧客に合わせて動きつつも、会社全体としては同じ方向を向いている状態を維持しやすくなります。事業部制組織では、この「共通の目的意識」を共有できているかどうかが、運用面での安定性に大きく影響します。
事業部間の連携と情報共有の仕組みをつくる
先に触れたように、事業部制組織では事業部同士が独立しすぎると「サイロ化」が起こりやすくなります。そのため、意図的に事業部間の連携や情報共有を促す仕組みを設計することが重要です。サイロ化とは、組織が縦割りになり、それぞれが閉じてしまうことで、情報やノウハウが行き来しなくなる状態を指します。
事業部間連携を促進する方法として、次のような工夫があります。
- 事業部長同士が定期的に集まり、各事業の状況や学びを共有する会議を設ける
- 共通する顧客や技術を扱う事業部間で、合同プロジェクトや横断チームを組成する
- 社内ポータルや社内SNSなどを活用し、成功事例や失敗事例を共有できる場をつくる
- 同じ職種(営業、開発など)のメンバー同士が、事業部をまたいで交流する場をつくる
このような仕組みによって、事業部ごとに蓄積された知見やノウハウを、会社全体の資産として活用しやすくなります。また、共通の顧客を持つ事業部がバラバラに動いてしまうことを防ぎ、顧客視点での一貫した対応を取りやすくする効果もあります。
評価指標とインセンティブの設計を工夫する
事業部制組織の運用では、「どのような指標で成果を測り、どのように評価するか」という評価制度が非常に重要です。評価指標とは、目標の達成度を数字などで測るための基準のことで、売上高や利益率、市場シェア、顧客満足度などが例として挙げられます。
事業部制では、事業部ごとの損益を重視するあまり、短期的な利益だけを追いかけてしまうリスクがあります。このような偏りを避けるためには、次のような工夫が考えられます。
- 売上や利益だけでなく、顧客満足度や品質指標を評価に含める
- 全社共通の指標と事業部独自の指標を組み合わせて評価する
- 他事業部との協力や、全社プロジェクトへの貢献も評価の対象に含める
また、「インセンティブ」の設計も重要です。インセンティブとは、成果に応じて与えられる報酬や評価などの動機づけ要素のことです。事業部ごとの成果に連動したインセンティブだけを強くしすぎると、事業部間協力よりも自部門の利益を優先しやすくなります。そのため、全社的な成果や横断的な取り組みに対しても、一定の評価や報酬が支払われる仕組みを持つことが望まれます。
人材育成と配置の視点を事業部横断で持つ
事業部制組織を円滑に運用するためには、人材の育成と配置を「事業部ごと」だけで考えず、「会社全体として」捉える視点も必要です。事業部ごとに採用・育成・評価を完結させると、短期的には動かしやすくなりますが、長期的には人材が固定化しやすくなり、スキルの偏りや成長機会の不均衡が生まれやすくなります。
人材面でのポイントとして、次のような取り組みが挙げられます。
- 事業部をまたいだ異動やローテーションを通じて、幅広い経験を持つ人材を育成する
- 将来の事業部長候補や経営層候補を、全社的な視点で選抜し、計画的に育成する
- ある事業部での経験や実績を、他の事業部でも活かせるようなキャリアパスを用意する
- 専門性の高い人材については、事業部横断で活用できる仕組み(専門組織や社内コミュニティなど)を整える
このように、人材を「事業部の枠に閉じ込めない」発想を持つことで、事業部制の自律性を保ちながらも、会社全体としての人材力を高めることが可能になります。事業部長クラスについても、一つの事業部だけでなく複数事業を経験させることで、より広い視野を持ったリーダーとして成長しやすくなります。
まとめ
事業部制組織について、その基本構造からメリット・デメリット、ほかの組織形態との違い、向いている企業の特徴、そして運用のポイントまでを一通り整理してきました。あらためて全体を振り返ることで、「事業部制組織とは何か」「なぜ企業がこの形を選ぶのか」というイメージを頭の中でつなげていただければと思います。
事業部制組織とは、企業を製品ごと・地域ごと・顧客のタイプごとなどに分け、それぞれを一つの「事業部」として半ば独立して運営する仕組みでした。事業部の中には、開発や営業、マーケティング、管理など、その事業を動かすために必要な機能がひととおり含まれ、事業部単位で利益責任を持つ構造になっていました。この「小さな会社が社内にいくつもあるような状態」が、事業部制組織の大きな特徴でした。
企業がこの形を選ぶ主な理由としては、まず意思決定のスピードを高めたいという狙いがありました。市場の変化が激しい中で、トップの指示を待つのではなく、現場に近い事業部が自分たちで判断して動けるようにすることで、競争力を高めやすくなります。また、事業ごとに売上や利益を管理できるため、「どの事業がどれだけ稼いでいるか」がはっきりし、経営判断がしやすくなる点も重要でした。
メリットとしては、こうしたスピード感や採算の明確化に加えて、事業部長が「ミニ社長」として経営全体を経験できるため、将来の経営人材を育てやすいという点もありました。一方で、デメリットとして、事業部ごとに考えがバラバラになり、情報やノウハウが共有されない「サイロ化」が起こりやすいこと、同じような機能が複数の事業部で重複し、コストや業務が非効率になりやすいこと、そして事業部の目標が全社戦略とずれてしまう「部分最適」の問題が挙げられました。
事業部制組織が向いているのは、複数の事業を展開している企業や、市場や顧客のタイプが多様で、事業ごとに異なる戦略が必要な企業でした。また、国内外に事業を広げている企業や、事業ごとの採算をはっきりさせたい企業、経営人材を計画的に育成したい企業とも相性が良い組織形態でした。小規模で単一事業の企業よりも、ある程度の規模と多角化が進んでいる企業に適している点も押さえていただきたいところです。
他の組織形態との比較では、機能別組織やマトリックス組織と対比しながら、事業部制の位置づけを確認しました。機能別組織は専門性を深めやすい反面、事業ごとのスピードや柔軟性に弱く、マトリックス組織は複数の軸で高度な調整ができる反面、構造が複雑になりやすい特徴がありました。その中で事業部制組織は、自律性と分かりやすさのバランスが取れた「中間的な選択肢」として、多角化した企業で採用されやすい形でした。
運用面のポイントとしては、まず全社としてのビジョンや戦略を明確にし、それを事業部レベルの目標ときちんと結びつけることが重要でした。さらに、事業部間の情報共有や連携の仕組みを整え、評価指標やインセンティブを工夫して、短期的な自部門の利益だけでなく、全社としての成果にも目を向けられる仕組みづくりが求められました。人材面でも、事業部をまたぐ異動や育成を通じて、視野の広いリーダーを育てる視点が大切でした。
プログラミングやIT業界の企業でも、プロダクトごと・サービスごとに事業部を分けるケースは多く見られます。開発や運用の現場で働くエンジニアとしても、自分が属する組織がどのような構造を持ち、どんな狙いで設計されているのかを理解しておくことで、上位の意図を読み取りやすくなり、自分の役割や貢献の仕方を考えやすくなります。事業部制組織の理解は、単に経営の話としてだけでなく、組織の一員として働くうえでの視野を広げる一助になると考えていただければ幸いです。